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それは突然やってくる

介護というのは、突然やってくる。
自分もその例外ではない。
これは、人生のある教訓を与えてくれる。
やらなくてはいけない、とわかっていても、それが目の前にくるまで人間はなかなかやろうとしない。
こどもにもっとこういうことをやらせてあげたい、
将来に備えて、今からこういうことを身につけよう。
そういったことが頭をよぎるが、現実を目の当たりにしなければ、
なかなか人間は動かないのである。
逆にこう考えてみよう。
やるべき、やりたい、と思ったことは、それは「いつか」やるのではなく、
それをすぐにやろう。
しかし、ここで問題がでてくる。
そうやってリストアップしたものを見たとき、
その膨大さに圧倒されてしまう。

しかし、それをリストとして持って、優先順位に並べておくのと、
頭の中でぼんやりと思っているのでは、それは大きな違いではないのか?

そういったリストを持とうではないか。

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格闘すること

格闘することが人間に心地よい疲れを与えてくれる。
格闘には、知的格闘、肉体的格闘があり、そのどちらも大事である。
しかし、格闘は疲れる。24時間は戦えない。
その疲れを癒す時間があれば、格闘で燃え尽きることもない。

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すごい!すごすぎるよ!! 「運動感覚」

すごい!すごすぎるよ!! 「運動感覚」
「運動感覚」は一言でいうと、自分の肉体を自ら動かすことができ、自らその動きを感じることである。

何がすごいのか? ポイントは主にこの3つ
1)「運動感覚」に含まれるものとして「生命意図」があり、それが私たちを実際に動かしている存在である
2)「生命意図」から発する衝動を知覚する器官は、オイリュトミーにより芽生えさせ、育てることができる
3) 目的をもったすべての行為において、目的から、結果から始めることを学ぶべき、そのことを「運動感覚」が教えてくれる

結局「運動感覚」の凄さを一息でいうと
「運動感覚」により、死の瞬間から逆算して人生を理解することを学ぶことができるのである。

(「魂の扉・十二感覚―人智学講座(耕文舎叢書)」の"運動感覚と平衡感覚"より)。

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すごい!すごすぎるよ!! 「生命感覚」

すごい!すごすぎるよ!! 「生命感覚」
「生命感覚」は、一言でいうと、人が成長するために必要な痛みを感じる感覚である

何がすごいのか? ポイントは主にこの3つ
1)「生命感覚」により、自分の体調と知覚することができる
2)「生命感覚」により、痛みを覚え、そしてそこから学習することができる
3) 「生命感覚」により、快い疲労を感じることができる

結局「生命感覚」の凄さを一息でいうと
「生命感覚」により、痛み、疲労、を人間は感じることができる。そして、その感覚こそが人間を成長させることができるのである。

(「魂の扉・十二感覚―人智学講座(耕文舎叢書)」の"触覚と生命感覚"より)。

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すごい!すごすぎるよ!! 「触覚」

すごい!すごすぎるよ!! 「触覚」
「触覚」は、一言でいうと、大宇宙と私の境界を意識させる感覚である

何がすごいのか? ポイントは主にこの3つ
1) 「触覚」により、私という意識が芽生える
2) 「触覚」により、大宇宙、そしてそれに永遠に溶け合えない自分を意識する
3) 「触覚」により、知りたいという欲求がでてくる

結局「触覚」の凄さを一息でいうと
「触覚」を通じて、私は大宇宙を意識して、そこから分離されたものとして私を意識する。その意識が人間が神なるものの意識、また、探究心を作り出す。

(「魂の扉・十二感覚―人智学講座(耕文舎叢書)」の"触覚と生命感覚"より)。

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ビーバー隊プログラムの名作  - ザリガニ釣り

毎年恒例のビーバー隊のザリガニ釣り。これは、ビーバー隊のプログラムの中でも名作である。殿堂入りさせてもいいぐらいのプログラムである。
ザリガニがいる池について最初にやることは、釣竿となる枝を探すこと。いい感じの竿をみるけると、今度はタコ糸を枝にくくりつけて、餌となるさきいかをつける。ここでは、結び方にも気をつける。準備ができたら、あとはザリガニを釣る。天気が良いと、かなり釣れる。子供達も大興奮である。この中で、ザリガニの掴み方も学べたらなおいい。
そして、帰りの道は、ゴミ拾いしながら帰る。
これだけ、自然との関わりを深められ、また、道具も自分で準備する。しかもゴミ拾いという奉仕活動までやる、というプログラム。これぞボーイスカウトに相応しいプログラムではないだろうか?
「自然+技術+奉仕」というものが揃った、名作である。
こういったプログラムをもっと増やせないだろうか?

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「感覚」について考えたい

「感覚」ということを考えたい。

Youtube で流れている佐藤卓のインタビュー中の「本来人間はすごい感覚器でもある」という言葉にビビッときた。

佐藤卓審査委員インタビュー
https://www.youtube.com/watch?v=Xs9ZxvAnhkc

このデジタル・ネットワーク社会、我々はスマホ、PCを使いこなすことによって、世界に対して簡単に発信できるし、世界中の人材を使って、素晴らしいプロダクトさえ作ることが可能となっている。

「合法的に金を生む⇨正義」という図式が成り立つ資本主義社会では、「感覚」なんかどうでもいいことである。感情なんかも必要ないし、字だって汚くたってまったく問題ない。人の話だって、聞かなくていい。

しかし、安易に「合法的に金を生む⇨正義」にのみいっていいのだろうか?
人間が持っている「感覚」というものを、本当におざなりにしていいのだろうか?
そんな疑問を拭うことができない。
ここで、「感覚」に関して、きちんと自分の考えを整理したい、と思う。

感覚を考えるうえで題材にしたいのが、下記である。

・人智学講座 魂の扉・十二感覚」(人智学叢書4●耕文舎+イザラ書房/石井秀治訳/1998年春)
・熊楠の星の時間 (講談社選書メチエ/中沢新一著)
・三島由紀夫
・佐藤卓

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